2007-01-01から1年間の記事一覧

戦後史学における歴史否定の問題とその相克(中篇)

五 「先祖に対して抱く共通の誤解」も必要 「民族とは、先祖に対して抱く共通の誤解と、隣人に対して抱く共通の嫌悪感とによって結び合わされた集団である」、との言がヨーロッパにはある。一般にこの言葉は、所詮は民族なるものは幻影にすぎないとの例証と…

山路愛山研究(その三) 英雄論に見る明治人の人間観

(前回の補足説明:文明は「手段」か「目的」か) 1 前回、文明を「手段」と見るか「目的」と見るか、この二つの対立が明治思想家の間であったということを述べた。しかし、あれだけでは非常に分かりにくく、ラフすぎる。 福澤諭吉は明治八年(一八七五)、…

山路愛山研究(その二) 文明批判と近代人の本質

――愛山における一番の優先順位は、国家共同体に他ならず、これらを破壊するのは近代文明と認識していた。 四 文明は手段なのか目的なのか、近代日本二つの視点 前号は、ざっと山路愛山の共同体思想における一番の要所といってよい「社会三元論」を紹介した。…

戦後史学における歴史否定の問題とその相克(前篇)

一 ヘーゲルか、ディルタイか? 「あらゆる歴史は、過去である」 「あらゆる歴史は、現代史である」 ここに二つの文章を設定してみた。前者は、広辞苑による歴史の定義、すなわち歴史とは、「人類社会の過去における変遷・興亡のありさま」から必然的に導か…

女の点から男の線へ――「望郷」における男女の違い

私は上京して六年目になるが、「望郷」というものを感じたことはない。都心にいても、田舎の祭りの時期になると血がわき立つような感覚になったり、夏になると地元の冷やし中華が食べたいと東京で似た味を探したりすることはあったが、それも時とともに薄れ…

戦争の光、平和の影――福田恒存の命題(その九)局地戦争もまた、れっきとした戦争である

【命題】 一挙に全人類を死滅せしめる原水爆は「悪魔」であつて、一挙に全家族を殺す爆弾は「悪魔」ではないのか(「現代の悪魔」)。 健全な精神は、原水爆を「悪魔」と見る前にダイナマイトを「悪魔」と見、爆撃機を「悪魔」と見る前に旅客機を「悪魔」と…

土地と人間(後半)「よかよか」と「しゃーないなぁ」

前号では、筆者が九州に対して特殊な思い入れを抱いていることを述べた。そして、その思い入れの内実を述べるためにまず、筆者が関西で生まれ育ち、現在東京に居ることを述べた。その中で、「大阪のおばちゃん」という抽象概念を引き合いに、東京に各種のコ…

 山路愛山研究(その一) 共同体の思想家・山路愛山

これから機会があるごとに、山路愛山の思想と、明治思想について書いていきたいと思う。 一 国家は死者と子孫を含めた悠久の生命体だと述べた柳田國男 最近は、格差社会という言葉をよく耳にする。主に、経済的な豊かさ、貧しさといったように貧富の固定化に…